第84話 新人類から新ニッポン人
戦後、社会学者やメディアは、団塊の世代、新人類、団塊ジュニアとその世代世代の呼び方を変えてその特徴を表現してきました。
そして、この6月1日放映のテレビ東京系列、久米宏の番組では、『新ニッポン人』という言葉を提起していました。
私は個人的には、日本人(何をもっての日本人か?にはいろいろあるでしょうが)は、団塊の世代も
団塊ジュニアも、そして、久米宏氏が言うところの『新ニッポン人』も、もっと言えば、戦前のいや江戸時代の日本人も、本質的には余り変わっていないという感想を持っています。
久米宏の番組では、バブル崩壊後に物心がついた20代の人達の内、お金を使わない若者を『新ニッポン人』と呼んでいました。彼等は、車もいらない、海外旅行にも行かない、お金があっても贅沢なものは食べない、という具合で、日本で永らく続いてきた消費文化から逸脱(或いは超越!)した存在に映ります。
番組の主旨は、縮み時代に生まれ育ち成人した彼等は、同時に生まれたときから物に満たされた中で育っている。それは、戦後の高度成長と歩調を合わせて育ってきた新人類や団塊ジュニアとは対称をなしているということ。
そして、これからの少子高齢時代を考えると、この世代の消費動向が日本の景気に与える影響は大きいのではないかという推測です。
当然ながら、番組では、中高年が「今時の若い者は………。」といった昔ながらの反応もお約束どおり織り込んでいたのでしょう。
日本人の本質は時代を経ても余り変わらないと思いますが、環境や情報量の変化で短期間の行動様式が大きく変わるというのは興味深いことです。
ただ、長い歴史を振り返ると、日本人は質素倹約、つつましい暮らしをおくって来た時間の方が圧倒的に長いのではないでしょうか?
そうであるとすると、その『新ニッポン人』的な日本人が本来の日本人であり、若者はその本来像に回帰しつつあるとも言えなくもありません。
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