« 第68話 近江八幡と軽井沢が繋がった!! その一 | トップページ | 第70話 コウノトリの親離れ »

2007.08.08

第69話 近江八幡と軽井沢が繋がった!! その二

69011

前回からのつづき

軽井沢に着いたのは午後1時過ぎであったろうか、あいにくの天気で一面霧に覆われ、気温も18℃と肌寒かった。

ところで、軽井沢について、にわか仕立ての知識によると次のようである。

明治時代に入って廃れていた旧宿場町、軽井沢に1886年(明治19年)アレキサンダー・ショーというイギリス人宣教師が訪れたそうだ。彼は日本の夏の暑さに閉口しており、軽井沢の涼しさと風景にいっぺんに魅せられた。
そして、休業状態であった亀屋という旅館に一夏の滞在を申し込んだ。
その亀屋の主人が佐藤万平という男であった。

その後、ショー氏は別荘第一号を建てるほど軽井沢を気に入り、友人の宣教師や財界人、文化人にも積極的に紹介した。
また、佐藤氏は訪れる避暑客を当て込んでか完全洋風建築の『万平ホテル』を建設した。
我々は昼食をとりにここに立ち寄ったが、木立の中に広がる建物は、さすがに重厚で
伝統を感じ、また何ともいえない落ち着きを与えてくれる場所だった。

容易に帰国できない宣教師達は、全国から軽井沢に集まり、避暑と交流を楽しんだ。
そして、欧米人が避暑をするということで、政財界人、文化人、芸術家、そして皇族までもが軽井沢に別荘を持ち、この地を愛するようになった。
今の軽井沢があるのは、アレキサンダー・ショー氏と佐藤万平氏によると言っても過言ではないそうだ。


さて、こうした外国人宣教師の一大集結地となった軽井沢にヴォーリズ氏もよく訪れたのであろう。軽井沢集会堂や軽井沢ユニオン教会も彼の作品である。そして、彼は多くの別荘も作っている。軽井沢の発展にも大変寄与しているのだ。

6902

旧軽井沢の商店街を歩いていると、古い写真屋さんがあった。そこでは、軽井沢の歴史を物語るたくさんの写真が売られており、当然ながら天皇家の写真もたくさんあった。
今の天皇皇后両陛下がお知り合いになられた、テニスコートのロマンスもちゃんと販売されている。

6903


興味深くいろいろ見ていくと、驚く写真に出会った。近江八幡で見た美智子皇后も女学生姿で写っている例の写真だ。
ただ近江八幡と違うのは、その写真に写っている人物の中で紹介されているのが、美智子様とヴォーリズ氏ではなく、美智子様と少年の頃の川口浩氏であったという点だ。

6904

日本に帰化したヴォーリズ氏は、日本人として終戦を迎えた。
そして終戦の年、彼は戦後の日本を方向付ける大きな役割を秘密裏に担った。GHQが彼に仲介を求め、当時の近衛文麿首相とマッカーサー司令官の会談が実現したのだ。この会談が歴史に残る9月27日の昭和天皇とマッカーサー司令官との会談に結び付いたのだ。
軽井沢で見つけた英語の文章には、ヴォーリズ氏が天皇制を救ったとある。
歴史観はいろいろあろうが天皇制だけでなく、戦後の日本を救った偉業とも言えるだろう。

行き当たりばったりの旅ではあったが、偶然にもヴォーリズ氏に触れることによって、
彼と彼の波乱万丈で魅惑的な人生とをキーワードに旅を進めることができたのは楽しかった。
いずれにせよ、人生もまた旅であることを思えば、両者が偶然に重なり合っても不思議なことではない。

私達夫婦は、その後日本海を回り、富山で海の幸を堪能して帰るというルートを採った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56554/16047065

この記事へのトラックバック一覧です: 第69話 近江八幡と軽井沢が繋がった!! その二:

コメント

コメントを書く