« 第64話 個性尊重に逆行するいじめ問題 | トップページ | 第66話 リニューアル »

2006.12.30

第65話 モーツアルト・イヤーの終わりを締めくくるのはベートーベンの第九

57211039今年はモーツアルト生誕250年ということで、一年を通してモーツアルトの音楽を良く聴かせてもらえました。併せて、テレビ各局がモーツアルトの生涯を詳しく紹介する番組を放送してくれておかげで、天才としてのモーツアルト、人としてのモーツアルトの両面に触れることができました。
 

死後200数十年経った今でも、世界中でモーツアルトの楽曲が演奏されない日はないでしょう。もしかしたらモーツアルトが生きていた当時よりも今の方が熱烈に受け入れられているかもしれないくらいです。
これは大変なことです。例えば、ビートルズの曲は殆んどが世界的に大ヒットして、知らない曲は無い位ですが、それでもそうした曲が今から200年して人々に演奏され続けているかというと難しいのではないかと想像します。
モーツアルトの音楽は、単に芸術性が高いという言葉では片付けられない何かを持っているのでしょう。人間が持つ感性のどこかに強く共鳴する何かを。  
 
モーツアルトの生涯を紹介する番組を見ていると、彼は私達が想像する以上に波乱万丈で厳しい生活を送った人のようでした。
自分の芸術、そして自分自身を妥協せず追い求めた為、社会や権力との軋轢が大きかったのでしょう。
そうした体験が影響しているのか、或いは生まれた時からの天賦の才によってか、現在の一流の演奏家の多くが語るように、彼の音楽には、人が持つ明るい面と悲しい面とが同じ楽譜に編込まれているそうです。
明るく、テンポもよく、何か癒してくれる音楽が、聞き込んでいくうちに、我々人間心理の奥底にある悲しみや苦悩を炙り出していく……。

以前、オーストリアのウィーンを訪れた際、当時『フィガロ・ハウス』と呼ばれていたウィーンでのモーツアルトの住居を見学しました。ここは有名な『フィガロの結婚』が作曲された場所で、モーツアルトが故郷ザルツブルクを離れ、ウィーンに出てきて、一番仕事にも暮らし向きにも恵まれていた時期を過ごした家だといわれています。
今は、生誕250年を記念して、改装されて『モーツアルト・ハウス』と呼ばれるようになっているそうです。
私が訪れた当時は、ウィーンの中心から歩いてすぐの一等地とはいえ、アパートの薄暗い回り階段を上がって部屋に入った記憶があります。
あの大天才モーツアルトがここに住んでいた、しかも、あの有名な「フィガロの結婚」をはじめ多くの名曲がここで作曲された、そうしたなんともいえない感動を覚えたものでした。
あの世界史的な大音楽家と自分が繋がったような、大げさに言えばそんな感慨です。
しかし、その時同時に、あの大音楽家の割には質素な住まいだなとも感じました。
その時から、私は人としてモーツアルトに親近感を覚え、興味を持つようになりました。
一人の超天才がなしえて業績は、僅か35年間の時間しか与えられなかったにも拘らず、計り知れない大きさです。しかし、一人の人間として見たときには、私達と変わらず、脆く、寂しく、又ささやかな存在であったことを知ることができました。

彼の最晩年の作品『レクイエム』は、それまでプロとして作曲してきたモーツアルトが
初めて自分の心情を神に祈る為に作った曲だといわれています。それだけに心の底から揺さぶられる感動を覚えます。

今回のモーツアルト・イヤーは、まずは幕を引こうとしています。
おそらく、没後250年、生誕300年と切の良い年になる毎に、これからも繰り広げられていくのでしょう。


488844さて、話はころっと変わり、年末・大晦日が近付くとやはりベートーベンの第九です。
『交響曲第九番』。
あの『歓喜の歌』を聴かなければ(なかには歌わなければという人)新しい年が来ないといつの間にかなってしまっています。
なぜそうなったかは知りませんが、本当にそれにうってつけの楽曲だと思います。

モーツアルトからベートーベンへ豪華なバトンタッチ。
殺伐とした世の中、せめてもこうした偉人による遺産を人類全体が共有していることを感謝したいと思います。

最後に、この場を借りて、今年一年お世話になった方々にお礼申し上げます。
健やかに、良いお年をお過ごしください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56554/13266323

この記事へのトラックバック一覧です: 第65話 モーツアルト・イヤーの終わりを締めくくるのはベートーベンの第九:

コメント

コメントを書く