第53話 マッチポンプ
この頃の世の中は、何が本当で、何が嘘か分かりにくくなっています。
その理由の一つに、いわゆる、『マッチポンプ』的な言動が跋扈していることがあるように
思えます。
「マッチポンプ」とは、自らマッチで火をつけてながら、その火をポンプで消す
といった行動、すなわち、自作自演を表す言葉です。
自分で原因を作っておきながら、素知らぬ顔でその解決に当たり衆目を集める。
よく、放火犯は火事の第一発見者になり、おまけに消火にも積極的に協力する場合が多いと聞きますが、それと同じことです。
ライブドアや耐震強度偽装事件を例に出すまでも無く、最近こうした光景は世のいたるところで見せつけられるようになりました。
行き過ぎた成果主義のせいなのか、倫理観(品性も含めて)やゆとりがなくなってきた為なのか(おそらく両者は深く関連しているでしょうが)、ヤラセのように持ち上げたかと思えば引きずり落とす、ワンパターンのやり方が目に余ることもしばしばです。
株の世界では、凪いで水面がガラスのように穏やかな相場では儲けのチャンスがないと聞きます。株価が上がろうが下がろうが、要は大きく動いている時がビジネスチャンスなのです。
それと同じ理屈が一般社会にも浸透してきています。日に日に変化する競争社会においては、待って収穫するといった農耕社会型のやり方では悠長すぎるので、ついつい自分から仕掛けていく狩猟型を取ることが多くなります。
しかし、自分から仕掛けると聞けば積極的でいいようですが、波のないところに無理やり波を立てて、自分の利益を呼び込もうとするとそれは大きな問題です。
よく見ていると、「初めにストーリーありき」が透けて見えることもしばしばです。
そして、社会のこうした傾向を特に助長しているのが、テレビ等の大衆メディアです。
計算され、過度に誇張されたサクセスストーリや感動悲話は見せ続けられる内に食傷気味になります。
ダイナミックに、ドラマティックにする為、一夜にしてヒーローを作り、次の日には極悪人に仕立て上げる描き方も、その時は他人事で面白いかも知れませんが、少し冷静に考えると空恐ろしいものを感じます。
こうした流れは今後も加速するのか、どこかで曲がり角を迎えて修正されるのか分かりません。
それでも、現在多くの問題が浮上してきていることを機に、今考え直すべきだと感じている人も多いことでしょう。
社会全体が、もう少し自然体、ありのままを受け止める余裕を取り戻し、他人に対しても寛容な気持ちを持つことが出来れば、住み易くなるのではないでしょうか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56554/8802259
この記事へのトラックバック一覧です: 第53話 マッチポンプ:







コメント