第45話 結婚記念日
先日、23回目の結婚記念日を迎えました。
中途半端な回数なので、特別何を記念にするというわけでもありません。それでも夫にしてはちゃんと覚えている方で、一緒に食事に行ったりします(但し、子連れで)。
結婚した時は、10年先まで辿り着けるかと思っていましたが、実際過ぎ去ると、時間の流れは速いもので、10年どころか20年もあっという間でした。
結婚前後は、「結婚とは互いを見つめ合って歩むものではなく、共通の目標を眼前に見据えて二人で歩んでいくものだ。」とか分かったような話を周りから聞きながら、そんなものなのかと感心したものでした。
それが、暫くして子供ができ、現実生活に追われるようになると(今もその状態が継続していますが)、そんな言葉はすっかり頭から消え、何の因果でこうなったのかと自問しながらのありきたりな生活が延々と続きます。
愛情はもとより、お互いにお互いが必要だと深いところで感じたからこそ結婚に至ったのですが、最初は束縛される不自由さが自分の中での抵抗勢力になってこんなはずではなかったとなります。
それぞれ違う環境で自由に生きてきた男女が、一緒に生活して、家族を築くのは、
少なからぬ時間とエネルギーを必要とするものです。
「結婚は慣れだ。」というのも正鵠を射ています。
最近は、バツイチ、バツニが当たり前になり、結婚生活が長続きするとか添い遂げるとかいったことに必ずしも社会全体が価値を見出しているわけではありません。
それでも、年数を重ねると、夫婦間の間合いや絆が年齢や家庭状況で変化していくので、その時々の夫婦模様・家族模様を体験でき面白いものです。
人間誰しも最初は自由を求めて旅立つものですが、自ずから社会的にも肉体的にも制約され束縛されて、同時にそれに慣れていきます。
結婚生活もある種の制約や束縛、不自由を要求されますが、年数と共にそれにも慣れていくようです(決して飼いならしではない!!)。
その代わり、見返りとして得がたい何かを得ていきます。
それは例えて言えば、槍ヶ岳にひたすら登っていって、ようやく頂上に到達すれば、眺望を楽しみながらそこの清水で喉が潤せるといったようなものです。
客観的にはありきたりなものでも、それぞれとってはpricelessなものです。
さて、うちの場合は、とりあえず銀婚式を目指して何かを考えることにしましょう。(子連れで回転寿司とか!?)
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