« 第41話  固定観念に毒されていく~!! | トップページ | 第43話 総選挙でクローン議員がたくさん誕生!! »

2005.09.03

第42話  学校給食の思い出

42-01先日、自宅近くの和風レストランに家族で出かけた時のこと。何かのことで食材の話になり、給仕に来た仲居さんも交じってふるさとの話、学校給食の話に及び、話が盛り上がりました。

 仲居さんは、私達夫婦より少し年配の50代半ばの方のようで、戦後の学校給食の最初の頃を経験しているようです。私達夫婦は、もう少し後の昭和30年代の後半からお世話になりました。
 そこに、今現在給食のお世話になっている、娘と一番末の息子の話も交じると、さながら、「日本給食史」のような会話になります。
 
いろいろ聞く内に、仲居さんのふるさとは秋田だと分かり、秋田の当時の給食メニューは、素朴ながら結構郷土色のある美味しそうなものだということも分かってきました。
(但し、米どころでありながら、パンだったそうですが…)

そして、そんな仲居さんと土地柄も違えば、年代も少し違う我々夫婦との間に共通した思い出があったのには驚きました。それは、脱脂粉乳の思い出です。

 脱脂粉乳と聞いただけで、当時の何とも言えない(吐きそうになる)匂いと、口に入れた時の粉っぽさとエグサさが瞬時に蘇ってくる人は多いと思います。
ただ、そんな脱脂粉乳の感想は3人一緒だったのですが、ビックリした事は、仲居さんと家内はココア味の脱脂粉乳が出たときは、白いそのままのものより飲み易く助かったと言い始めたのです。
殆んど好き嫌いの無い私にとって、人生を振り返って、ココア味の脱脂粉乳程苦手なものに出くわした記憶はありません。吐きそうになりながらも涙目で一気に飲み干した経験は、難行苦行の修行のようなものでした。
そんなココア味の脱脂粉乳を美味しかったという人間がいるとは、簡単には信じることが出来ません。
 もっとも今飲んだら懐かしさで美味しいと思うかも知れませんが……。

42-02 戦後当初の給食は、食糧難で発育が心配な日本の子供の為に、アメリカが無償で脱脂粉乳を配ったことから始まったようです。その後やはりアメリカが小麦を無償でくれることになり、完全給食が実現しました。
 今になってみれば、アメリカで余った農作物のはけ口だったとか、先々の販路拡大の戦略だったとかいう意見もよく聞きますが、それでも戦後の日本人にとっては有難い支援だったことには間違いありません。

 今、うちの子供達が毎日いただいている給食のメニューは、食材も豊富で創意に溢れたもののようです。脱脂粉乳はもはや姿を消し、家庭で食べるものと違いのないものを食べています。我々の世代から見ると隔世の感がありますが、彼らは彼らなりに「給食の思い出」を現在進行形で蓄えているのでしょう。

 私達大人にとって、給食は、子供の頃の思い出への入り口であると同時に、中身を大きく占めるものです。年が経つほど、無性になつかしい貴重な思い出でに純化していきます。

 そして、今回、気がついてきたのは、日本全国何処の人とも共有できる思い出を持っているのだという事実です。これはよく考えると凄いことです。

ああ~、それにしても、当時の鯨の竜田揚げ、もう一度食べてみたいものです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56554/5766353

この記事へのトラックバック一覧です: 第42話  学校給食の思い出:

コメント

コメントを書く