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2005.06.17

第35話  兄と弟

35-001今回の若貴騒動は、『事実は小説より奇なり』の通り、
時間が経過するに従って複雑になっていきます。
いろいろな登場人物が、それぞれの立場で話すことによって、
伏線が多岐に分かれ張り巡らされていき、より深く、より抜き差しならない
方向へいざなわれて行くように見えます。
それにしても、この騒動には、大衆が興味をそそるほぼ全ての要素が包含されている
ことに驚かされます。

さて、今日の話題は、若貴の騒動ではなく、兄弟についてです。

私は、概して運命論者ではないのですが、
何番目の子供で生まれるかとか、兄弟姉妹が何人いるかとかについては、
ある程度、当人にとって運命的な要因になると思います。

若貴の場合でも、長男と次男の性格の違いや、親との距離のとり方が
結構顕著に出ているような気がします。

また、普通は、兄と弟を同時に扱って同じ事をやらせると、
弟の方が割りを食い、兄や親に反発することが多いのですが、
若貴兄弟の場合は、同時入門で、兄弟でありながら、兄弟子・弟弟子の上下が
なく、その上、弟の方が猛スピードで出世してしまったのですから、
表には見せなくても、兄の方は立つ瀬がなく、辛い思いを引きずって
来たのかもしれません。

35-003さて、一般的には(我が家の例を一般的と称しただけかも知れませんが)
最初に生まれてきた子は、親家業に慣れない親のもとではありながら、
次の子が生まれるまで親を独占できます。
このことは、性格形成に大きな影響があると考えられます。

大体、長男や長女はおっとりとしていて、わがままな半面、親の言うことや
体制秩序には従順な面があると言われています。

それに対して、次の子供は、生まれた時からライバルがいるわけですから、
よっぽど親の気を引くように立ち回るか、そうでなければ、反発するか
馬耳東風を決め込むか、どちらにしても存在感を出さないと
親にアピールできません。

35-002特に同姓同士の場合、大人になるまで、いつも兄や姉に腕力でも知識でも
差を付けられ、「いつか見ておれ」の気持ちが培われてもおかしくありません。
加えて、親が上を叱るのを見て、自分は叱られないように上手く立ち回ります。
親に対しても上に対しても、気を使いながら育ちます。

子供の数が多くなると、親を抜きにした子供達だけの社会が生まれ、
その中での相対の関係やいろいろな絡み・組み合わせに影響されつつ
育っていきます。

親の手の掛け方がどうしても薄くなる分、うまくしたもので、
兄弟間の人間関係で補われる面もあるようです。


毛利元就が臨終に語ったとされる『三矢の訓』は、反対から見れば、
兄弟というものが、親の死後は仲たがいしたり
疎遠になったりし易いものだということを表しています。

ライバル心や生まれた時から積み上がる様々な感情や想いが、
それぞれが独立して、家庭を作っていくエネルギーに転化されるとも
考えられます。
ですから、ただいつまでも仲が良いというだけではどうかという
場合もあります。

35-004そうは言っても、親の側から願うのは、
それぞれ生きる世界は違っても、連絡を取り合い、
いつまでも仲良く生きて行って欲しいということでしょう。

ねえ! 二子山親方!!(天国に呼びかけている??)

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